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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)1241号 判決

控訴人 被告 内山勝雄

訴訟代理人 大津山定起

被控訴人 原告 志村徳次郎

訴訟代理人 中村彌左衛

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴人において、仮に被控訴人主張のように消費貸借が成立したとしても被控訴人は、控訴人が韓国に苛性曹達を密輸出する資金として本件金員を控訴人に貸し渡したものであるから、不法原因のための給付であつて、被控訴人はこれが返還を求めることはできないと述べ、被控訴人において、不法原因は控訴人にのみ存し、被控訴人はこれが返還を求め得ると述べた外、原判決事実摘示の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

証拠として、被控訴人は、甲第一号証、第二号証の一、二を提出し、甲第一号証は、控訴人の印影の外は、被控訴人が作成したものであると述べ、原審における証人志村精一、松本善之助、鈴木文三の各証言及び被控訴人(原告)本人尋問の結果を援用し、控訴人は、原審における証人鈴木ハマ、田中あい、内山スエの各証言、証人志村精一の証言の一部、控訴人(被告)本人尋問の結果、当審における証人林梅吉の証言を援用し、甲第一号証中控訴人の印影の成立及びその余の部分を被控訴人が作成したこと、甲第二号証の一、二の成立を認めた。

理由

控訴人の印影の成立、その他の部分を被控訴人が作成したことが当事者間に争のない甲第一号証原審における証人志村精一、松本善之助、鈴木文三、田中あいの各証言、被控訴人(原告)本人尋問の結果を綜合すれば、控訴人は昭和二十五年五月中旬頃から被控訴人に対し韓国に苛性曹達を密輸出し、同国から阿片を密輸入することによつて大きな利益をあげることができることを説き、遂に被控訴人を説得して、被控訴人及び亡鈴木常治から各現金十五万円の出資を得控訴人は船を提供し利益は控訴人六、被控訴人及び右鈴木常治が四の割合で分配することの約束ができたが、被控訴人はその家族に反対されたため右約束を解消することを控訴人に申し出でたところ、控訴人は右約束に従つてすでに密輸出の準備を進めたことでもあるから、せめて一航海の経費として金十五万円を貸与して貰いたいと要請したため、被控訴人は昭和二十五年五月三十日頃控訴人に対し金十五万円を貸し渡すに至つたこと、同年六月二十六日頃被控訴人は利息を年一割と定めた借用証書(甲第一号証)の文案を記載し、控訴人をして、これに捺印せしめたことを認めることができる。右認定に反する原審における控訴人(被告)本人尋問の結果は信用しない。その他本件一切の証拠によつても右認定を覆すに足りない。

よつて進んで被控訴人の控訴人に対する右金員の貸渡が不法の原因にもとずくものであるか否かを考えるに、右認定事実によれば、右金員の貸渡にあたつて控訴人と被控訴人との間に、右金員が密輸出資金にあてられることについて明示の合意があつたことが明らかである。このように給付行為自体が不法でない場合でも、表示された給付の動機が不法な事項を包含するときは、不法原因のための給付といわなければならぬ。もつとも原審における証人志村精一の証言によれば、控訴人は真に密輸出の準備をしたのではなく、被控訴人から金員を借り受けるために虚偽の事実を申し向けたことが窺われるのであるが不法の原因のために給付したものは、それが相手方の欺罔行為による場合でも、これが返還を請求することができないものと解すべく、右認定のように被控訴人もまた控訴人の密輸出によつて利益を受けることを認識して金員を貸し付けた以上不法の原因が受益者である控訴人のみに存するものということができないこともまた明らかである。それ故被控訴人は控訴人に貸し付けた右金十五万円の返還を請求し得ないものといわなければならぬ。

よつて被控訴人の本訴請求はその余の点を審按するまでもなく失当として排斥を免れないものというべく被控訴人の請求を認容した原審判決はこれを取消し被控訴人の本訴請求を棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 山口嘉夫 判事 猪俣幸一)

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